タタリ・・・五年前、志貴がイタリアにおいて覆滅したと思われていた二十七祖の中でも第二位に次ぐ正体不明の存在。

だが、それはまだ生きていた。

それを志貴が知ったのは数日前の事だった。

蒼の書九『噂』

この日の夜、志貴の閨を共にしていたのはシオンだった。

「ひぁあああ!!し、志貴だ、だめっ・・・で・・・すっ!それ・・・それ以上は!・・・ゆ、許して!!」

志貴に抱かれその淡い紫の髪を振り乱して、快楽に酔うシオン。

そして志貴もいつ抱いても飽きる事の無い『智の夫人』の痴態を存分に愉しみ、己が欲望を思う存分シオンの中に吐き出した。

情事も終わり、その余韻に浸っていた時、不意に志貴の傍らに寄り添っていたシオンが口を開いた。

「志貴・・・志貴に頼みがあるのですが・・・」

「ん?何だもう一回か?一回といわず何回でも抱くぞ」

そう言ってシオンの裸体を更に密接させようと引き寄せようとする。

「ち、違います!」

そう言って志貴の手をはたく。

「いたっ」

「まったく・・・どうして常日頃は紳士なのに閨では貪欲極まりない野獣なのでしょうか・・・」

ぶつぶつ文句を言うシオンだったが気を取り直す。

「志貴、貴方は『タタリ』を覚えていますか?」

「『タタリ』ってあの五年前のか?」

「はい」

「無論覚えているが・・・どうしたんだ急に?」

「実は・・・『タタリ』が後数日中には発生する事がわかりまして『タタリ』の完全なる覆滅を志貴に依頼したいのです」

「!!」

一瞬にして甘い空気は霧散し志貴は『真なる死神』としての顔で妻に問う。

「どう言う事だシオン、確か『タタリ』はあの時俺が滅ぼしたと思っていたんだが・・・」

しとめ損ねたかと思い苦い表情を浮かべる。

「いえ、志貴の責任ではありません」

だがそれをシオンは一言で否定する。

「と言うと?」

「そもそも、生きている死んでいるという定義自体もあいまいなのです『タタリ』は」

「どう言う意味だ?」

「はい、『タタリ』が人々の噂を元に吸血していく死徒と言うのは志貴も承知の通りだと思います」

「ああ、現に五年前は被害にあった山村の伝承通りにしたんだろ?」

「そうです。志貴に質問ですが噂が現れるまで『タタリ』はどうしていると思いますか?」

「どうしているって・・・自分の領地に・・・あれ?」

そこで志貴は疑問にぶつかる。

「領地は『タタリ』にはあるのか?いや・・・そもそもどうして噂通りにしか吸血しないんだ?普通に吸血した方が効率が良いと言うのに」

「それはね志貴君、『タタリ』いえ『ワラキア』はある一定の条件下でないと現界出来ないのよ」

といきなり襖が開かれ、アルトルージュが姿を現した。

「アルトルージュ?」

「ごめんなさい志貴君、急に・・・でもこれは私にも関係があるから」

「お前と?」

「はい、そうです。『タタリ』の正体がエルトナムの祖先ズェピアだと言う事は結婚前話した通りですが・・・彼は失踪した後死徒となり、第六法に挑みその身を消されました」

「その前後に私と契約したのよ。一定の条件を満たした一晩だけしか人々の噂通りに吸血が出来ない半端者の死徒になる代わりにその一晩だけなら己の思うがままに蹂躙し、噂が発生しない時は存在しないただの現象となるというね」

「じゃあ・・・あの時滅ぼしたと思った『タタリ』は」

「そうです。あくまでも一晩だけの契約通り消えただけの事に過ぎません」

「だからか・・・あの時『次は必ず』と言っていたのは・・・死ぬ間際の世迷言とばかり思っていたが」

消え去る直前に言い放った『タタリ』の言葉を思い出す。

「それで志貴・・・」

「判っている。俺としてもしとめ損ねていたなんて後味悪いからな。今度こそ完膚なきまでに滅ぼしてやる」

「はい・・・志貴に私達一族の後始末を任せるのは心苦しいのですが・・・」

「シオン」

「んっ・・・」

台詞を言わせる前にシオンの唇を塞ぐ。

「お前は俺の妻だ。ならば俺もまたエルトナムの一員だ。他人じゃないだろ?」

「はい・・・」

夫の言葉に涙ぐむ。

そんな光景をアルトルージュは羨ましそうに眺める。

「志貴君ごめんなさい・・・元を正せば私がまいた種でもあるし・・・」

「気にするなアルトルージュ。お前が扇動した訳じゃないだろ?」

「え、ええ・・・それはもちろんだけど・・・」

「ならお前の所為じゃない。力を誤って使った『タタリ』に責任がある。違うか?」

そう言って穏やかな微笑を浮かべてアルトルージュの頬に手を当てる。

「う、うん・・・ありがとう志貴君」

それだけでもアルトルージュの心が満たされる。

七夜志貴とはそういう青年だった。

だが、直ぐに表情を引き締め『真なる死神』として確認を取る。

「アルトルージュ、お前の『タタリ』と交わした契約って後どれ位続くんだ?」

「それが次の赤い満月の時まで、だから・・・後千年経たないと契約は終了しないのよ」

その答えに思わず天を仰ぐ。

「うわっ・・・そうなれば今回も一晩殺し尽くさないと駄目か・・・」

「それは大丈夫。アルクちゃんの『空想具現化』で赤い満月を擬似的に展開させるようにお願いするつもり。だから、その隙に完全に滅ぼす事が出来る」

「そうか・・・判った。で、シオン次の『タタリ』が発生する場所は?」

「それが・・・次は私達に縁が深い場所でして・・・」

「縁が深い?まさかこことは言わないだろうな?」

志貴の口調に危険な色がにじむ。

「いえ、ここは一族の絆の方がはるかに強く『タタリ』が付け入る余地はありません」

「じゃあ何処に?」

「はい・・・実は三咲町なんです」

「な!・・・嘘だろう!」

「私も驚き何度も計算を繰り返したのですが、現時点で最も可能性が強いのがここなんです」

「現に秋葉ちゃんにお願いして遠野に連絡を取ってもらったら奇妙な噂がここ数日流れているって話しよ」

「・・・そうか、シオン、アルトルージュ」

「はい」

「何志貴君?」

「明日準備が整い次第大至急三咲に向かうぞ。無論『七夫人』全員連れてだ。その旨を全員に伝えてくれ」

「判ったわ」

「それでは志貴、レンと朱鷺恵は?」

「朱鷺恵姉さんは無論『七星館』の留守番をしてもらう。レンは・・・今回は連れて行く。状況次第によっては士郎と新しく入ったバゼットも動員して最悪の事態に備える」

「それって総動員ね」

「ああ。なりふり構っていられないからな」









そして翌日、志貴は『七夫人』と共に三咲の遠野の屋敷を訪れていた。

「お兄様お久しぶりです」

「ああ、秋葉元気そうで何よりだな」

「はい、兄さんにも七夜一族にも良くしてもらっています」

四季と秋葉の挨拶が終わると直ぐに志貴は本題に入る。

「それで四季、三咲町に流れている噂の件だが」

「ああ、くだらねえものから一寸洒落にならねえものまで千差万別だがこれがそうだ」

そう言って数枚の報告書を差し出す。

「やはり『タタリ』はかなりこの町を侵食していますね・・・色々ありますね・・・」

「これってアルクちゃんの事よね?」

「姉さんもあるわよ」

「秋葉ちゃんだと思われる噂まであるね」

「これって・・・志貴ちゃんかな?」

「うんそうだよ」

「っておい、なんで父さんや止めとばかりに紅摩だと思われる噂まであるんだよ」

あの二人はここでは暴れていない。

「多分手当たり次第に噂をかき集めているんでしょう。ですが現時点で『タタリ』が纏いやすいのはアルクェイドの噂が最有力ですね」

シオンの意見に志貴も頷く。

戦闘力・生命力・・・全ての総合面で最強クラスのアルクェイドを纏うのは至極当然だ。

「取り敢えず今日は皆散会して情報を集めてくれ」

志貴の言葉に全員頷く。









こうして一同(レンを除く)は分担して情報を集め始める。

そんな時志貴は見知った顔を見つけた。

「姉さん?」

「あら?志貴君」

それは私服姿のエレイシアだった。

「姉さん?どうしたんですか?今欧州の方じゃ」

「志貴君こそどうしたんですか?こんな所で」

「ええ・・・実は・・・ちょっとここじゃなんですから向こうで話でもしましょう」

公園に向かうと事情を説明する。

「なるほど・・・シオン・エルトナムが計算したとなれば確実ですね・・・」

「じゃあ姉さんも」

「はい、教会でこの地に十三位『タタリ』出現を確認しました。『六王権』探索も重要ですが確実に姿を現す死徒の対抗も重要です」

「正しい判断ですね・・・姉さんいっそ共闘と行きませんか?お互いそれほど時間を掛けるわけにも行きませんし」

『タタリ』がいつ姿を現すかわからないのもそうだが『六王権』と言う暴威と『タタリ』と言う脅威に挟み撃ちにされては勝てる戦いも勝てない。

「そうですね・・・『裏七夜』との共闘も面白いですね。判りました。その共闘謹んで受けましょう。まああの陰険女に何言われるかわかりませんけどこの際早期解決を重視しましょう」

「ええ、じゃあまずは情報交換を」









そして夜遠野家の志貴にあてがわれた部屋に集まった一同は改めて情報を纏める。

「そうなのエレイシアもここにきているんだ」

「ああ、取り敢えず俺の一存で共闘体勢を結んだ」

「志貴の判断は正しいと思います。対死徒戦においては志貴を除いては最も手馴れています。こちらとしてもありがたい戦力です。志貴それで代行者は」

「もう来た・・・姉さん窓からなんてはしたないですよ」

志貴は後ろを振り返る事もせず溜息混じりにそう言う。

そこにはエレイシアがブーツを片手に窓枠に立っていた。

「こんばんは志貴君お邪魔しますね。久しぶりですね皆さん」

「先生お久しぶりです」

「エレイシア先生お元気そうで何よりです」

「先生暫くぶりです」

「ええ翡翠さんも琥珀さんもさつきさんも元気そうですね・・・それと暫くぶりですねあ〜ぱ〜吸血姫姉妹」

「やっほ〜エレイシア久しぶり〜・・・あれ、また老けた?」

「あら?今日は若つくりの先生姿じゃないのね。その姿じゃ実年齢より上に見られない?」

「誰が若つくりですか!!誰が!!私はまだ若いです!!」

激発し始めたエレイシアを翡翠と琥珀が宥める。

「お、落ち着いてくださいエレイシア先生」

「そ、そうですよ先生まだお若いです」

「姉さん落ち着いてください。今はそんな事を言っている場合じゃないでしょう。それとアルクェイドもアルトルージュもあまり騒動の種を蒔かないでくれ、話がこじれるんだから」

「「は〜い」」

改めて話しを再開する。

「姉さんの情報と今日集めたのも纏めてもらったが・・・いくつかはかなり信憑性の高い噂になっているな・・・」

「ええ、『蒼き瞳の殺人凶が二人いる』・・・『金髪の美女が恍惚として人を襲い血を啜る』にそれに『黒ずくめの少女』・・・『赤い髪の鮮血美女』・・・」

「それに『隻眼の鬼』なんて噂もあったわ」

「どちらにしても今度の『タタリ』が纏うのはこの中だとみて良いでしょう」

「ねえシオン・・・この噂が全て出て来るなんて事はないよね?」

「時間差で出て来るかも知れませんが、『タタリ』本体が纏う事の出来るのは一つだけです。仮に複数の噂が出てきたとしても本命以外は力の残滓、恐れるに足りません」

「それとシオン、『タタリ』とやらはいつ現れるのですか?」

「まだ猶予はあります、秋葉。強力な噂が集まり過ぎている所為でしょう。『タタリ』も本命は揺らいでいないが他も魅力的な様でまだ決めかねている様子です。ですがそれもそう長い時間ではないはず・・・この噂の現実味から言えば・・・三・四日、最悪だと明日タタリが顕在してもおかしくありません」

「そこまで具体性が固まっているんですか・・・そうなるとこの戦力でもやや不安が残るのでは?」

「ですが代行者、私としてはあまり人数が増えるのも好ましくありません。『タタリ』が纏う噂が更に増える事になります」

そんな会話の傍らで志貴は思案に没頭していたがやがて一つ頷く。

「危険はあるが・・・やはり呼ぶか」

そう言うと懐から携帯電話を取り出し連絡を取る。

「もしもし士郎か」









「・・・わかった。じゃあ俺もバゼットを連れてそちらに向かうから」

士郎は携帯のスイッチを切る。

そして離れの奥の方に位置するセタンタ・バゼット夫婦の部屋をノックする。

「はい誰ですか?」

「バゼット?俺です」

一声かけてから室内に入る。

「士郎君?どうしたのですか?」

そこにいたのはバゼットのみでセタンタはいなかった。

「あれ?バゼット・・・セタンタは?」

「ええ、彼でしたらヘラクレスの所に、二人で飲むと」

「ああなるほど・・・」

どうもあの二人馬が合うようだ。

「セタンタに用事ですか?」

「いえ、バゼットの方に。実は『裏七夜』から仕事が入りました」

その言葉にバゼットの表情が引き締まる。

「それで相手は?戦力は私と士郎君だけですか?」

「相手は死徒二十七祖十三位『タタリ』、戦力は『裏七夜』の要する全ての戦力、それと埋葬機関第七位とも現地で共闘状態となった言う事です」

「それはまた・・・」

予想を超える相手と想像以上の戦力だったのか、さしものバゼットも思わず絶句する。

遊撃要員に加え、シオンからの要請で『七夫人』の戦闘教官も勤めているバゼットは客観的に『裏七夜』の戦力を把握していた。

実力も無論だが潜在的かつ最大の弱点も。

一見すれば弱点など存在しないように思われる、だが、一つだけそれは存在していた。

『裏七夜』最大の弱点、それは総合的な実戦経験の不足。

確かに『七夫人』全員その実力は並みの死徒に引けを取らない。

しかし、頭目である志貴と士郎を除けば戦闘経験が豊富なのはアルトルージュのみで、アルクェイドは今まで目覚めても眠りに着く時には全てリセットされていた事が仇となり、琥珀・翡翠・シオンは若干の経験を持つが未だ不足の感が否めなず、秋葉・さつきに関しては素人に毛が生えた程度。

『七夫人』の内、実に六人が潜在能力は高いものを持っているがそれを満足に生かしきれていないというのが現実だった。

だが、そんな彼女達を必要に応じて自在に使いこなす『真なる死神』=七夜志貴の指揮能力は感嘆に値し、戦闘能力は今更記述する必要すら見出せず、流石は幼少時に番外位である『蛇』と第七位『思考林』を滅ぼしただけはある。

実戦経験不足と言う弱点を背負いながらも、現時点でおそらく世界最強の少数精鋭部隊である『裏七夜』が自分や士郎を含めた全戦力を投入、更には噂に名高い埋葬機関の第七位までが加わると言う事態に執行者時代ですら感じなかった心の高揚を抑える事は出来なかった。

「それで明日中には三咲に向かいますからその準備を」

「判りました。それと今回はセタンタ達は連れて行くのですか?戦力は多いに越した事はありませんが」

「それについては今回は俺達だけで行く。志貴の話だとありとあらゆる噂をかき集めているらしい。下手にセタンタ達を連れて行くとどんな不確定要素が入るか予測困難になると言っていた」

「・・・そうですね。アトラシアの言葉には一理あります。では今回は私と士郎君だけで」

「ああ、アルトリア達の説得については俺が行う。バゼットはセタンタの説得頼む」









翌日、三咲町の遠野家に士郎達が到着した。

士郎から話を聞くや、やはりと言うか凛やアルトリア達も同行を希望したのだが、『タタリ』の危険性を改めて説明し、『それなら戦力が多い方がいいのでは』と言う反論にも『危険度がどの位か完全に不明なので不用意に大人数を連れて行けない』と言う士郎の何時に無い程の険しい言葉でどうにか断念させた。

だが・・・

「えっとバゼット・・・」

「す、すいません士郎君・・・私の力不足でした」

「まあ戦いと聞いて大人しくしてる訳ねえだろ」

しかめっ面の士郎、この世の終わりの如く沈み込むバゼット、ニヤニヤ笑うセタンタ。

この状況だけ見れば誰が勝者で誰が敗者なのか容易く判るだろう。

それでも一人だけで済んだだけマシと考えを改め結局セタンタも連れた三人で三咲町に向かった。

「志貴遅くなった」

「いや良いさ。良く来てくれたな士郎」

そう言って握手を交わす二人。

「貴女が埋葬機関第七位『弓のシエル』ですか・・・元魔術協会封印指定執行者、現『裏七夜』遊撃部隊員バゼット・フラガ・マクレミッツです」

「こちらも貴女の評判は耳にしていますよ。埋葬機関第七位シエル・・・本名はエレイシアです・・・それと彼は?」

「あ・・・」

エレイシアがセタンタを見て怪訝そうな表情をする。

それを聞いたバゼットがどう説明していいものか途方に暮れる表情をする。

教会や協会にも伝えていない極秘事項であるセタンタの事を話すべきか否か迷っていた。

「どうするよ?」

流石のセタンタも正直に言っても良いものか迷っている様子だった。

そこに志貴が助け舟を出す。

「姉さん、これから言う事を他言無用出来る?」

「・・・そうですね・・・メシアンのカレーセットをおごってくれるなら」

「それならお安い御用です」

「では私は彼については一切他に話をしません」

「んじゃ俺はセタンタ・・・クーフーリンと言った方が良いかもな。冬木の『聖杯戦争』でランサーのサーヴァントを務めていた」

「ランサー?志貴君冬木の管理人からの報告だと現界しているのはセイバー・ライダー・バーサーカーだけだった筈では?」

「セタンタについては少し隠蔽してましたから。士郎が最後にマスターとなっていた関係で」

「ああ〜なるほどそう言う事ですか」

「ええ近いうちにバゼットの使い魔として再度召還したと言う事を宣言する気ですが」

「それよりも志貴、本題に入らないか?」

「そうだな。じゃあ皆こっちに」

こうして志貴の部屋に赴いて作戦会議が始める。

「それで『タタリ』は何処まで進んでいるんだ?」

「それについては・・・」

「私の方から説明します」

そう言ったのはシオン。

「本日の時点で既に複数の噂が相当の現実味を持っています。元になった人物は志貴、志貴の父である黄理、アルクェイド、アルトルージュ、秋葉、そしてかつて黄理と死闘を演じた軋間紅摩と呼ばれる紅赤朱。今回の『タタリ』がこの中から実体を持って現れるのは間違いありません」

「アトラシア、現時点で最も『タタリ』が纏う可能性が高い噂はどれですか?」

三咲に向かう途中、『タタリ』について基本知識を士郎に教わったバゼットが尋ねる。

「無論アルクェイドです『伝承保菌者(ゴッズホルダー)』。他も有力ですが、真祖を揺るがすほどではないでしょう」

「んじゃ、その『タタリ』って奴がその噂を纏う前に滅ぼす事はできねえのか?」

セタンタの疑問にシオンは首を振る。

「無理です。今のタタリはただの現象。噂を纏っていない時点で滅ぼす事は志貴でも出来ません」

「つまり現れるまで待たなきゃならねえって事か・・・」

「若干歯がゆいですね・・・」

「ここが俺達にとっては不利だな。明らかに後手に回っちまう」

「だがそれでもやらないと話にならない。シオン、『タタリ』の出現場所は?そこが判れば先手を打つ事もできる」

「すいません志貴・・・今日ようやく候補は三つまで絞り込んだのですが確定とまでは・・・」

「そうか・・・で候補としては?」

「はい、一つが私達の通っていた三咲高校、一つはこの遠野の屋敷、最後に繁華街の高層ビル『シュライン』・・・この三つのうちのどれかだと思います」

「これ以上は絞り込めないの?」

「はい、町全体を見渡せられる高所なのは間違いないのですが・・・」

「よし若干危険が大きいが三つに分けて夜巡回しよう」

「衛宮様それだと各個撃破される危険性もあるのですが・・・」

「琥珀さんの言うとおりですね。むやみに戦力を分散させる事も無いでしょう」

士郎の言葉に琥珀とエレイシアが懸念を示す。

確かに『裏七夜』の戦力は強大だが、だからといって戦力拡散の愚を犯して良い筈が無い。

「琥珀ちゃん達の言いたい事も判るけど・・・一日毎に回る訳にも行かないんじゃない?」

「無理よ。学校に向かっている間に他で発現されたらそれこそアウトよ」

「そうね。『タタリ』がいつ現れても可笑しくないって言うシオンの言葉が本当ならそれは出来ない事ね」

さつきの意見にアルトルージュ、アルクェイドが同調する。

「ああ〜こんなことなら危険も承知の上でアルトリア達も連れて来れば良かったか?」

「いえ、英霊である彼女達を連れてくればむしろ『タタリ』のバリエーションを増やしてしまう可能性も大きい。一人でもその危険性は大きいのです。今回士郎が連れて来なかったのはむしろ正しい判断だったと私は確信しています」

士郎の悔恨混じりの声にシオンが直ぐに否定的な返答を返す。

「・・・琥珀の懸念も最もだと思うが今回はもう時間が無い。あえてリスクを犯す。三部隊に分けて『タタリ』出現ポイントを探索する。俺と士郎は『シュライン』に向かう。アルクェイド・アルトルージュ・シオン・バゼット・セタンタは三咲高校へ向かってくれ。それで秋葉、さつき、翡翠、琥珀、レンはこの遠野の屋敷の調査と後方支援を頼む。それと姉さんは遊撃で各所を回っていて下さい」

熟考を重ねていた志貴も遂に決断した。

「判りました。ですけど・・・」

「でも志貴大丈夫?いくら士郎と一緒でも二人で?」

エレイシアとアルクェイドの懸念も最もだった。

いくらこの二人が『裏七夜』最強のコンビとは言え二人だけで大丈夫かと。

見ればこの場の全員が同じ表情をしている。

「何、俺と士郎なら気心も知れているし、どうしてもやばければ『完殺空間』で時間を稼ぐ。で、各部隊一人づつ携帯を渡しておくから緊急時にはこれで連絡をしてくれ」









そして夜、三手に分かれた一行はそれぞれ所定の場所に向かう。

三十分後、『シュライン』前に志貴と士郎が立っていた。

その表情は固くこわばっている。

「おい志貴・・・」

「どうやら大当たりのようだな」

その周囲に漂う死徒の気配に戦闘体勢を整える。

「士郎全員に連絡、その後、俺達が先行して突入する」

「おう」

そう言って懐から携帯を取り出し、士郎に放り投げる。

「もしもし・・・」

三分後連絡を終えて携帯を再度盟友に放り投げ、それを事も無げに受け取り懐にしまい込む。

「連絡完了、全員ここに急行するって」

「ここから先戦闘状態に入る」

「ああ・・・同調開始(トーレス・オン)」

グローブを脱ぎ、『錬剣師』に変貌する。

その手には虎徹が握られている。

「行くぜ」

「ああ・・・」

二人とも同時に『シュライン』内部に突入する。

玄関口を打ち破って・・・

「警報が鳴らないな・・・」

「おそらく『タタリ』の影響下だろう」

階段を駆け上りながらそんな会話を交わしていると携帯が震えた。

「?もしもし」

『あっ志貴?』

「アルクェイド?どうした?」

『ええ、それがそっちに向かうの少し遅れそうなの。『タタリ』の力のかすと交戦してる最中だから』

「何?被害は・・・って言うだけ無駄か?」

『そんな訳無いでしょ!私達の心配もしてよね・・・まあ姉さんに新入りのバゼットとセタンタがいるからそんなに苦労はしてないけど』

「そうか・・・いや待てよ・・・アルクェイド!直ぐに誰か一人秋葉達の所に差し向けてくれ!同じ奴と交戦してる可能性が高い!」

『!!』

電話越しに息を呑む。

『判ったわ!こっちで決めて向かわせるわ!』

「ああ頼む!」

電話を切ると更にエレイシアにも連絡を取り、援護を要請しておく。

それが終わり士郎に振り向くとただ一言

「急ぐぞ!」

「ああ」

互いに頷き合い駆け上がっていた二つの影は手すりから手すりに跳ね上がる様に一路屋上に向かっていった。









一方・・・場所を移し、時を遡る。

士郎の連絡を受けてアルクェイド達が学校から『シュライン』に向かおうとした時、彼らの行く手を遮る影が現れた。

それは志貴であったり黄理であったり紅摩であったりした。

「シオンこれって・・・」

「タタリの力の残滓ですね」

「そうでしょうね。でなきゃこんなにワラワラ出て来る筈ないもの」

そう言っている傍らでバゼットが尋ねる。

「アトラシア、それであれは殲滅していいものですか?」

既にグローブをはめて戦闘態勢に入っている。

それにシオンで無くアルクェイドが答える。

「構わないわ。じゃんじゃんやっちゃって」

「では遠慮なく」

そう言うや否やまず一番近くにいた志貴の姿を模した、残滓の懐に入り込むとボディーブロー・フック・アッパーと高速の連撃を叩き込み吹き飛ばした。

「なんか複雑〜」

「そうね」

「全くです」

いくら姿だけ模したとは言えやはり最愛の夫である。

それを容赦なく殴り飛ばすバゼットに複雑な心境を抱いていた。

「てんで弱いですね。姿だけしか模していないのでは?」

「そうでもないみたいよ」

その視線の先ではそれなりにすばやい動きで肉薄する残滓達の姿。

「少しはやるようだけど・・・志貴やお義父さんの姿じゃあ・・・比べるのもおこがましいわね!!」

その声と共にアルクェイドが纏めて五体、爪の一撃でなます斬りにする。

「本当ね。手を思いっ切り抜いた志貴君より遅いわねあんた達」

アルトルージュも負けじと薙ぎ払う。

「全くです。それでも数に任せているようですが」

シオンも白と黒の夫人に勢いは劣るものの確実に残滓を撃破していく。

それでも残滓は数にものを言わせ次々と押し寄せる。

そこにわずかな死角をついて今度は黄理の姿を模した残滓が『連星』をバゼットの首に叩き込もうとする。

だがそれは

「おいおい、人の女房に何手出してやがる」

セタンタの槍に阻まれた。

「セタンタ、感謝します」

「別に良いって事さ、一応俺の女房なんだからよ」

「そう言う事は真剣に言って下さい。そうやってにやけた表情で言われても嬉しくありません」

言い合いながらも手は止まる事無く次々と吹き飛ばし、蜂の巣にしていく。

無論アルクェイド達も手際良く掃討して行く。

と、一人の黄理が高速でバゼットに突っ込んでくる。

と同時に二つに分裂し下方と上方からバゼットの首を刈り取らんと迫る。

「切り札ですか?ですがそれも無駄な事」

そう言うと鋼鉄の球体を浮かせ構える。

「後に出でて先に立つもの(アンサラー)」

詠唱と思われる言葉と同時に稲妻の如き閃光が迸り、

「斬り抉る戦神の剣(フラガラック)!!」

拳の一振りと同時に光りが走り、何故か一つに戻った黄理の体を貫いていた。

これこそ現在に残る本物の宝具『フラガラック』。

ケルト神話主神ルーが持つもう一本の武器。

相手の切り札の時にだけ発動し、相手の攻撃を問答無用で無効化する時の逆行剣。

黄理を模した残滓が使用しようとした『迷獄沙門』に発動し『迷獄沙門』を無効化した。

この剣の前ではいかなる切り札も全て無効化される、究極にして至高の迎撃礼装。

「おいおい、バゼットいきなり使って大丈夫か?」

フラガラックが早々乱発出来る物でない事を知っているセタンタは呆れ気味に尋ねる。

「ええ、今撃ったラックは士郎君が投影で作った物です」

「あ〜そう言う事か・・・どうりで出発前までなんか士郎としていると思えばそいつを複製してたのか」

「はい、ですが本当に士郎君の投影技術は抜きん出ていますね。とてもこれが模造品とは思えません」

感心して言うバゼットにセタンタも頷く。

「確かにな。士郎の剣に限定された投影は呆れるほど精度が高いからな」

そんな会話をしている間に残りの残滓も

「ロック解除!ガンバレルフルオープン!!」

ブラックバレルより打ち出された波動によって消し飛んだ。

だが、その場にあるのは散乱したゴミ袋だけだった。

「何だこりゃ?」

「どうやらこれが『タタリ』の残滓達の正体のようですね」

その傍らではアルクェイドが志貴達に連絡を取っていたがその表情が変わった。

そして携帯を仕舞うと全員にやや切羽詰った表情を見せる。

「アルクちゃん?どうしたの?」

「ええ、志貴が言うには琥珀達の所にも襲撃が来ているんじゃないかって」

「!!そうでした直ぐに救援に!」

実力は申し分ないが自分達に比べればやや劣る。

それを判っているバゼットが直ぐに提案する。

「ええ、エレイシアにも要請したようだけどこっちからも一人向かわせてくれって。誰でも良いから遠野の屋敷の方に向かってくれない?」

「んじゃ俺が行って来る。少し欲求不満だったからな。数をこなして来る」

アルクェイドの言葉に直ぐに名乗りを上げたのはセタンタだった。

いや、名乗りを上げると同時に最速のサーヴァントだった面影を残すほどの速度でその場を後にした。

「まったく・・・」

「でも良いんじゃない?取り敢えず私達も志貴君の所に急ぎましょう」









一方・・・遠野の屋敷周辺でも戦闘が始まっていた。

「あ〜もうっ!!しつこい!!!」

秋葉が自身の姿を模した残滓を略奪する。

「よっぽど行かせたくないようですね〜」

二閃・疾風―

一陣の風と同時に琥珀の忍者刀が五体近くの残滓を薙ぎ払う。

動きがほんの少し止まった琥珀に襲い掛かろうとする残滓もいたがそれも

「姉さん!!」

居閃・烏羽―

翡翠の霊力の刃に纏めて胴切りされる。

「・・・」

レンもうんざりとした表情でそれでも一体、一体確実に巨大な氷柱で貫く。

「皆、下がって!!一気に大掃除するから!!!」

さつきの声に全員下がる。

―枯れ果てよ・・・水も空気も・・・その力すらも―

詠唱と同時に『枯渇庭園』が姿を現し囚われた残滓が瞬く間に枯れ果て消滅していく。

それでもまだ健在の残滓の数にいい加減辟易してきた。

「全く・・・多すぎですわよこの数」

「負けるとは思わないけど・・・」

「これじゃあ志貴君の所に行けれない」

「どうしよう・・・」

無論翡翠達も一騎当千の猛者であるが敵は五人の処理能力をはるかに上回る物量をぶつけている。

その為完全に足止めを食らっていた。

だが、そこに

「はっ!!」

大量の黒鍵が降り注ぐ。

「エレイシア先生!!」

「無事ですか?」

「は、はい」

「加勢しますよ」

そういって次々と残滓を串刺しにしていく。

だが、それでも状況はやや好転した程度にかならない

「はぁ・・・まったくこれは・・・予想以上の数ですね・・・」

エレイシアですら呆れた様に呟く。

完全に膠着状況に追い込まれると思ったが更に援軍が訪れた。

「おう嬢ちゃん達苦労してるな」

そこにセタンタが姿を現した。

「あら?セタンタさん?」

「どうしたんですか?アルクェイドさん達と一緒だったのでは」

「ああ、おめえらの旦那からの要請でなこっちの方の応援に来たってわけさ。で、足止めされているんだよな」

「そうですよ〜」

「んじゃ後は俺が掃除しておくから先にいきな」

「でも宜しいのですか?まだかなりの数いますが」

「んな事は判っているって。質じゃ物足りなかったからな数で我慢しとくんだよ」

そう言いながら次々と薙ぎ払っていく。

「さっさと行きな。ここは俺が責任を持って潰しとくからよ」

「は、はいっ行きましょう」

その場をセタンタに任せて秋葉達は一目散に『シュライン』に向かう。

そしてその進行路をセタンタが立ち塞がる。

「んじゃ、おめえらの相手は俺が勤めてやる。容易く全滅するんじゃねえぞ」

戦闘狂の笑みを浮かべて残滓の集団に突っ込んでいった。









そして・・・

「けっ・・・マジで物足りねえな」

ぶつくさ呟くセタンタ。

その周囲には壊滅した残滓。

時間もさほど経っていない。

「おいおい、この程度か?もっと来いよ」

遠巻きに自分を囲む残滓に溜息を吐く。

「こりゃ大外れも良い所だな・・・しゃあねえさっさと潰して先に急ぐと・・・」

と、自分に歩み寄る残滓を認めた。

「へえ、少しはマシな奴が・・・!!」

セタンタの表情が驚愕に強張る。

「てめえ・・・そうか、俺の中にあった不安からお前が出てきたって事か・・・フェルグス」

そこに立っていたのは紛れも無く、生前、彼と同じ国に生まれ後に彼と袂を別ち、幾多の死闘を演じてきたケルト神話の英雄フェルグス・マーロイの姿を纏った残滓だった。

「そこの雑魚に比べりゃマシな戦いが出来そうだな。いいぜ・・・掛かって来な」

それと同時にフェルグスとセタンタは動く。

時を超え、場所すら変えて神話の戦いが再現された。

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